日本国内でのSNSとは?
閉じ込め系SNS
本来、SNSの目的とは「インターネットを利用して社会的に有意義な関係性の構築」であり、つまるところ社会的ネットワークを各自で構築する事にある。だが日本国内で人気のSNSはことごとく外部への情報発信を回避する傾向にあり、積極的に外へ外へと情報を発信しているのは一部のユーザーに留まっている。
また日本でのSNSとは会員登録制のコミュニティポータルサイトという認識が強く本来の社会的ネットワークの構築出来るサービスやWEBサイトであれば広義的にソーシャルネットワーキングサービス(またはサイト)として定義できる事から各ブログサービスやTwitterなども広義的解釈ではSNSに含まれる事はあまり知られては居ないのが現状である。
コントロールのできる秘匿性
日本国内でフェイスブックがいまいに勢力を伸ばせない理由とはやはり実名制と匿名性の違いが大きく、海外で一般的な個を中心とした情報発信のシナジー効果に比べて日本は外ではなく内側に向けた内環の発信が基本的である。
またその他にも日本人特有の共同体を重視する一方でプライベートセキュリティの価値観は上位に置かれる事は珍しくなく個の独立した完全なる秘匿を好む気質が海外のオープングローバルな考え方に相反するのも無視できない理由である事はまず間違いない。その証拠に日本の大手SNSのmixiではフェイスブックのように見知らぬ誰かへアクションをかけるような機能は実装されていない。
そしてフェイスブックやマイスペースが失敗した決定的な原因の一つはほぼ全てのアプリの説明が英語である事ともう一つは日本人の抱くSNSの概念において必要不可欠であったブログ機能の欠如である。ほぼ全ての日本人にとって英語は苦手な存在なのは間違いなくそんな日本人にとっては英語ばかりのフェイスブックのアプリ達はまったく無価値であるのは仕方がない事だと言える。
方向性の違う混沌とした個の共同体
先にも述べたが日本人は共同体を推奨する一方で個の主張やプライバシーを尊重する傾向にある。
また複数のコミュニティによって独自の方言(この場合はネットスラング)や文化体形を生み出しソレらが複雑に絡みあうインターネットの中では様々な相乗効果が現れている。
そしてこれらの現象にとって追い風になっているのは間違いなく日本のインターネットでは当然とされる秘匿性つまり自分の発言に責任を必ずしも持たなくても良い、言いっぱなしが容認されている事だろう。
その結果インターネットは善悪で例えるならば悪として様々な可能性よりも、危険性についてにのみ語られるばかりである。インターネットの長所であり決定的な短所でもあるこの開放性を限定させリアルな社会での秩序を維持しようと必死になっている。この行動原理にはどこまでも無差別に不特定多数に対して開放的なインターネットが社会的に自分の地位を脅かすという深層心理が働いているからなのかもしれない。